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Monday, April 9, 2012

家制度、ヨメ、姓の話

某掲示板でよく女性達が「ヨメ扱いはけしからん」と吠えている。いわく、戦後の新民法では家制度は廃止されたので、ヨメではないという。戦後の新民法を知らない無知な姑や夫の家族が、古い慣習で無理難題を押し付けるという。
まぁ、理屈はわかるが、そもそも戦前のシステムだって、それ以前のシステムだって何らかの必然性があってそうなっていたはずだ。それに、今の時代も「完全にユニセックス」ではない。平成の時代にあっても、一家の稼ぎ頭は夫であり、妻の多くは男性に扶養されていて、不況で少なくなったとはいえ専業主婦も大勢いる。また、専業主婦志望の若い女性もそれなりにいるのだ。

そもそも「家制度」ってなんだろうか。昔、年金も社会保障もなく、働くと言えば、先祖伝来の田畑で農産物を作る、という時代を考えてみたらいい。子は食べるために、親の土地を受け継ぐ必要があるし、親は老人になったら子の世話にならざるを得ない。「都会に出て働く」という手段がなかった昔は、それしか生きるすべがなかっただろう。農作業は重労働であり、主たる働き手は男性だろうし、ノウハウもあるので、男性の中から継承者が選ばれた事は想像に難くない。その息子が更に子孫を残すには「嫁をもらう」しか、なかろう。

かくして、働き手としての男を家に残して、子を産む女を嫁として交換しただろう事。そして、それが生活上のやむを得ない選択して行われただろう事は理解できる。これを「女が不当に差別されている」と言ってどうなるのであろうか。当人には申し訳のない事だが、「正当にしたら」食えなくなってしまうのだ。

さて、時代は変わって21世紀だ。働いている人の多くはサラリーマンであり、親から生産手段を受け継がなくなった。一方で、年金制度ができたため、親を扶養する事も必要が薄くなった。親世代と同居する必然性もなくなったので、核家族になった。今や「食わしてくれる」のは年金と会社なのだ。働き手である夫が親と経済的に切り離されているため、核家族が可能になった。最近は嫁実家にべったりの家庭も増えているそうだが、妊娠出産でお世話になる関係でどうしても嫁実家と関わりが多いのと、労働時間が女性の方が少ない傾向があり、実家と関わる時間が多くある点もあげられるだろう。

しかし、全員がサラリーマンという訳ではない。営業者や商売をやっている家もあるし、農家もある。こういう家では、価値観や商売ノウハウ、立場や事業そのものの継承があるので、家業である「家」に嫁なり婿なりを迎えざるを得ない。家そのものが事業なのだから。姓の問題もわかりやすい。江戸時代では大半の人に姓はなかっただろうが、商人だと「屋号」が姓の役割を果たしただろう。家業の「ブランド」とも言える。農村のように村自体が共同体だと姓の必然性は薄いが、村(村名)がその役割を果たしたと思われる。

家業のある家庭は徐々に減ってはいるだろうが、それでも厳然と存在し、なくなることもない。これを一律に「古い」というのもどうかしているだろう。大資本をもとにした「会社」という組織は確かに大きな事業に向いているが、その必要がなければ、家業でもよいのだから。また、会社の「資本」の所有している側は、必ずしも「労働」と「生活」が分離している訳ではない。労働者の給料は「賃金」だが、取締役の報酬は「役員報酬」であり賃金(労働に対する報酬)ではないし、所有者への報酬は配当であって、親から継承するものがない労働者とは世界が違う。だから、嫁とか婿とか、そういう世界は、「結婚して新しい独立した家庭を築く」世界とは違うかもしれないが、「古い」という訳ではない。

現在は、過渡期だろうと思われる。高度成長期に日本はサラリーマン社会に移行した。団塊の世代と呼ばれる人たちの時代の少し前くらいから。彼らの親世代はサラリーマン社会ではなかったので、旧来型の価値観を持っている人が多かった。「嫁にくる」「嫁に行く」という感じかな。だから団塊世代前後の人もその影響を強く受けており、必然性についてあまり疑問は持たないが、「そんなもの」と思っていた。まだ「妻は夫に扶養される」のが当たり前だった時代なので、あまり違和感はなかっただろう。

そして時代が進んでサラリーマン化が進むと家型の価値観は風化が進みだんだん弱くはなっている。が、それを阻むのは、案外不況だったりする。不況になると専業主婦志望の若い女性が増える、というのは笑えない現実だ。女性の全員が男性に互して有能な訳ではない。そうすると、「家庭に入ってしまった方が得する」層も確実にいて、現在はそれが許される状況でもある。生理だとか妊娠出産があり、また力が弱い女性は、担当させる仕事にも制限がかかってしまうので、どうしても男性並みとは行かない。だから、不況になると厳しい競争を避けて「女だから仕方ない」と「女性だけに許された安全地帯」に逃げ込んでしまうのだ。人生うまく行かないのも「夫の甲斐性がないから」と他人のせいにして済ます事が可能で、働いて上司に叱責を受ける事もないし、失敗して怒られることもない。「子育てしている」という大義名分があれば社会的非難を回避できる。夫の「サブ」に甘んじさえすれば、一種の「特権階級」を謳歌できる訳だ。こんなオイシイ利権を女性が手放す訳がない。今は共働きでも「事情が許せば専業主婦もアリ」と、自分に選択権があると思っている人は結構多いだろう。そこに選択権がある、というだけで既に男性対等になれないのだが。
ただ、この利権にはいいことばかりではない。夫のサブになってしまうとどうしても避けて通れないのが「夫の実家」だ。専業主婦(或はその権利だけでも)になる、という事は「夫の経済圏に参加する」という事なので、夫自身の意識は「新家庭を作る」という意識もまた薄い。妻は夫のサブなのだから、夫の方が発言権が強い。妻が無理に自分の側に寄せようと思うと、どうしても無理が生じる。いいとこ取りは難しい。

で、言うに事欠いて「法律上は家制度はなくなったから、私は嫁ではない」とか言い出す。実際は夫のサブなのに、対等だと勘違いしている事から起こる発言だ。夫が妻を扶養する部分は家父長制の時代の感覚をそのままで、嫁扱いはイヤだ、というのはなかなか無理のある理屈ではないか。権利は欲しいけど、義務はイヤだ、というのだから。ただ、夫側が反撃しない事をいい事に、このいいとこ取りのままごり押しする妻もたくさんいるようだ。何れにしても、現在はこのパワーバランスを整理する「標準」「常識」が存在しないので、それらが確立するまでは当面バトルは続くのだろう。

さて、少子高齢化で介護の問題も浮上している。少子高齢化のため実親も義親も介護しなければならない状況になってきているからだ。ここで台頭しているのが「介護は実子」論だ。これ義両親の世話を逃れたい嫁の論理のよりどころなのだが、劇薬である点はあまり意識されていない。女性が「介護は実子」という際には、

1)自分が介護するときには、夫が物心両面で支え、主婦の立場のまま実親を介護
2)夫は、仕事の合間に。自分はノータッチ

という虫のいい事を考えているからだ。例えば、

夫側の介護が先だった場合。夫がこれを実施したとする。さて妻側の番になった時、「家事は主婦の仕事なんだから一切手を抜くな。それに、経済支援はしないから介護費用は自分で稼げ」と言われたらどうするのだろうか。冷たい夫だと思うだろうが、自分は夫にそうしたのだ。
逆に妻側の介護が先だった場合。夫が「僕は介護をやるから、君が代わりに稼いで支えてくれ」と言われたらどうするのだろうか。実際、自分は支えてもらって介護したのだ。

妻が働いており、可能な範囲で自力でやっているなら「介護は実子」もリアリティーのある理屈だが、実際には妻だけに一方的に都合がいい理屈。これも今後はいろいろ問題になるだろうな。高齢者介護の問題は今後深刻になるし、男性側の反撃も始まる、という意味で。


いずれにしても、
1)夫が一人で家族を支える稼ぎがある高度成長期
2)夫婦が二人で何とか世帯を維持できる現在

を経て、今後は、
3)二人でも世帯を維持できないので、どっちかの両親と同居

が増えるだろうな。崇高な理念や「意識改革」なんぞをよそに、懐事情がそれを進める訳だ。そしたら、また嫁だとか婿だとかいう話になるわね。今は仕事の大半が重労働、という訳でもないので、必ずしも嫁入り婚である必要はないが、それでも労働の価値には男女差があるし、専業主婦になるかも、というオプションを保持しようと思ったらやっぱり嫁入り婚が主流になるんじゃないかな。妻実家がお金持ちならマスオという選択肢もあると思うけどね。

****2012.4.12 追記******
誤解を受けると行けないので追記するが、上の問題はあくまでも「お金の問題」という観点で見た場合。夫婦にはそれ以上の愛情だとか、ベターハーフという言い方もあるが精神的な支柱だとか、お金に換算できない価値がある事もあるだろう。
お金の問題の現実は上に書いた通りだとしても、夫の心の支えになったり、癒しになったり、という事で十分に夫婦である価値があればよいわけだ。ただ、妻の側から声高に「専業主婦の仕事は年収1200万円に換算できる」とか「対等の権利がある」と主張されると、聞く側としたら「ちょっと違う」と感じてしまうだろう。「相手に必要とされている」と確信が持てなくて、相手に確認したくて主張してしまっているのだろうか。「あなたが私を必要としている」と主張されるのは、押し売りされているみたいであまりよい感じはしないだろう(幸い未経験だが)。
なかなか難しいものだ。

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